光秀

    此の地中洞屋敷白山神社の一角にある高さ106センチの五輪の塔は
               まさしく「明智光秀」の墓である!
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     天正十年(1582年)山崎の合戦で「羽柴秀吉」に討たれ死んだのは
            実は光秀の影武者「荒木山城守行信」である!
              光秀は荒木山城守の忠誠に深く感銘し
              この事実を子孫に伝えんと荒木の「荒」と
                 恩義を深く感じての「深」で
       自らを「荒深小五郎」と名乗り西洞の寺の林間に隠宅を建て
             「乙寿丸」(荒深光頼?)と共に住んでいた
      その後光秀は雲水の姿になって諸国遍歴の旅に出たのであるが
           18年後の慶長五年(1600年)関ヶ原の合戦の時
               東軍に味方せんと村を出発したが
         なんと!途中藪川の洪水で馬と共に押し流されて死亡!
           死骸を山城守の子「吉兵衛」が持ち帰り埋葬した
                 以来この地には荒深性が多く
               今でも年2回の供養祭を行っている
                    みっちゃん大人気!
                観光パンフレットも売れ切れ御免
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            足湯は無いけど産湯(を汲んだ井戸)があるよ
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by unatarou-de | 2008-05-07 22:18 | 行って来た